「兜町の風雲児」加藤暠について

「兜町の風雲児」加藤暠について

株を扱う個人投資家の方なら既に知っている方も多いかも知れません。また2015年3月11日、運営するサイト「時々の鐘の音」に株価を吊り上げる書き込みをしたとして、「般若の会」の関係者先を証券取引法違反(風説の流布)の疑いで強制捜査したとの報道があり、これで知った方も多いかと思います。また「般若の会」の元代表である加藤暠(あきら)の名前は仕手筋としてその名を日本中に広げた超が付く程の有名な投資家です。仕手株、仕手筋を語る上では彼の存在なくして語る事は出来ないと言える程の人物であります。

加藤暠とは

仕手株、仕手筋この言葉を日本に広めた第一人者であり、「兜町の風雲児」とも呼ばれ数々の仕手筋集団を作った大物相場師です。

元々は岡三証券の営業マンでありましたが、支店長と喧嘩し退社。その後様々な会社に転職しますが1973年に黒川木徳証券の歩合外交員として兜町に復帰。ここで説得力のある弁舌と、明晰な頭脳、また人間的魅力で顧客を獲得していき、特に総会屋を通じて、大企業の経営者、政治家に近づいたと言われています。1976年から1977年にかけて加藤暠が主導して仕掛けたヂーゼル機器株の場合は平和相互銀行系の資金の他に自ら個人客も結集して株を買い集め、その名義を隠す為に1976年10月、誠備投資顧問室の前身「日本橋信用」を発足させたとされております。また加藤暠は医師・社長・政治家などの約800人の大口投資家を糾合し「誠備グループ」と言う名の投資家集団を結成しました。加藤暠は多くの仕手筋集団を作り上げ、また参加もしておりそれをまとめたものが以下のものになります。

加藤暠が設立もしくは参加していたとされる仕手筋集団

日本橋信用

誠備投資顧問室

誠備グループ

秦山

旧誠備

藤紘

新大倉

新しい風の会

般若の会(時々の鐘の音)

「誠備グループ」時代の運用資金は1000億円とも言われており、「誠備銘柄」、「K氏銘柄」は儲かると「誠備グループ」が仕手筋の本尊として介入している仕手株には多くの買いが集まり、証券会社や投資顧問関係者も会員に「誠備グループ」の手掛ける銘柄を推奨していました。

仕手戦で勝ち続けていた加藤暠ですが、1981年に所得税法違反による事件で逮捕されてしまいます。笹川良一や糸山英太郎など幅広い人脈を持ち、「誠備グループ」が買っている銘柄は儲かるという事とから会員が増加、運用資産も増えていただけに逮捕され、実刑判決によって2年半の間「東京拘置所」に収監されてしまいます。

加藤暠が再び株式市場に本格的に復帰したのが、阪神淡路大震災が発生した1995年でした。「新しい風の会」を結成して「新しい風の会新聞」という機関紙を発行、当時400円台まで下落していた「兼松日産農林」を5000円台まで上昇させています。阪神淡路大震災の発生により大幅下落していた日本市場に加藤暠が帰ってきたのです。「兼松日産農林」を仕手株化させ暴騰させた後は、「井筒屋」を手掛けて急騰させています。2003年には「泰山」、2005年に「時々の鐘の音」というサイトを立ち上げる等相場に参戦していましたが、その後は表立った動きが確認されていませんでしたが、東日本大震災が発生した2011年に「般若の会」を結成して株式市場に戻ってきました。

「般若の会」が仕掛けた銘柄は当然の如く大噴火しており、また加藤暠が仕掛けている銘柄や過去仕掛けた銘柄をマルキやK氏銘柄、K銘柄、K筋と呼ばれ、実際に介入している銘柄は「ホンマルキ」、噂だけの偽物は「ハナマルキ」と呼ばれました。加藤暠氏はデイトレーダーや短期資金のような小さな値幅を取る投資家ではなく、株価を大きく暴騰させる事から、加藤暠氏の介入銘柄という噂が立つだけで仕手株となってしまいます。現在「般若の会」を更新は2013年7月8日で止まっておりますが、今後の動向には注目です。

                   
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